本書は歴史学では硬派の出版者である吉川弘文館の刊行に依るが、巻末略歴に依ると著者自身は外務官僚の出身のようで、『ハンコ』については趣味の収集から始まり(昭和62年時点で“30年近い”とあるー後述)、2003年に物故されている。この事からも類推できるように、本書は原書の復刻であり、原本は1987年と些か古い(原著者の加筆・訂正などはない)。トピック自体は非常に限定されたユニークな歴史論であり、またその性質上時間的乖離は本書の意義をそれほど減じるものではないだろう。趣味が高じてプロ(研究者)並みの歴史的考証と分析は、硬派の吉川弘文館が復刊するだけの内容と質を備えていると思う。本書の構成・内容はこのページの「商品の説明」及び「目次を見る」に譲るが、まず著者は『ハンコ』の歴史的起源をオリエント文明から地中海・ヨーロッパへの普及、そして中国印の起源から日本への展開を、『ハンコ』の歴史的起源・流布に沿った形で考察を進めていく。実物写真や印影なども豊富に展開しつつ、『ハンコ』の流布・一般化と共にその歴史的意義(文化性)の変遷を観るもので実証的・分析的である。ただ私見では、『ハンコ』をテーマとしつつも本質的な問題、即ち考察の対象たるべき“『ハンコ』とは何か?”について、当初から明確にされていない事に疑問が残る。但し本書の構成上『ハンコ』の本質的意義が変遷していくものと捉えて、著者は意図的に厳密な定義・意味付けを行っていないとも読める。
尤も著者は第1章1節において、「ピンタデロス」は『ハンコ』ではないとし(用途は明確でないが紋様・装飾用と推測)、「ハンコであるためには、単に物体に捺して文様をつけるだけでは十分といえず、それ以上の社会的機能をもつものであることが必要」とし、「財産を保護したり、個人の身分を照明したり、権利義務を明確にするため」と例示列挙している(10〜12頁)。著者は「鍵の代用」として(テキストだけでなく穀物・酒・油・香料などの)「封印」や「封緘」のために蝋や粘土に圧捺されたものを『ハンコ』の起源と観るのだが、これが後のヨーロッパの“シーリング・スタンプ”に発展するものとなる(57頁以下)。かかる歴史的意義(本質性)は、右のオリエント及びヨーロッパにおける本質的用途と、中国・日本におけるそれとはどうも質的に異なるように思える。別言すると前者はもっぱら「鍵の代用」であり、後者では「権威」・「身分」・「文書」(観念または意思)の帰属・主体を保証(表象)するものと言うべきだろう(70頁以下・108頁以下など)。より現代に則して言えば(法律上は押印のある文書は特別の意味を有する)、本人の『ハンコ』の捺してある文書は“本人の意思”に基づくもので、その文書は“正しく成立”したもの(偽造ではない)と推定されると言う重要な意義を持っている。この事は中国における『ハンコ』の歴史性や日本での戦国期以降の「印判状」を観ても判るだろう。そうであれば『ハンコ』の成立・意義の二面性を明確にした上で、『ハンコ』とは何か?を展開した方が判りやすいように思う。
次に著者は、江戸期に志賀島で発見された「漢委奴國王」の金印について言及し、1956年と1981年に中国で同様の金印が発見されたことから、「志賀島の金印に類似する漢時代の金印が相次いで中国で発見されたため、偽作説や私印説は全く根拠を失った」とし、歴史的事実の真正を断定的に説いている(108〜111頁)。確かに巷間に仄聞する“偽造説”等には、実証性・論理性に疑問のあるものも散見され、全面的にこれを容れるには無理がある。それでは翻って件の金印の真正とすべき根拠はどうであろうか。江戸期の発見時の「口上書」には場所・情況に不自然さが垣間見え(水田の巨石を掘り起こして発見した割に当該金印は損傷が殆ど見えず美品であるーー以上は福岡市博物館公式サイトに詳しい)、出土地も数説あって少なくとも遺跡などからではない。そもそも『後漢書東夷伝』に記述が見える(印字文言の言及はない)と言うだけで、これを当該金印に同定する(明治期に黒田藩から新政府に寄託・1931年に国宝指定)のは、科学的分析方法の発達した現代考古学においても依然として妥当なのか、再検証を容れる余地はないのであろうか。
例えば『魏誌倭人伝』に見える「卑弥呼」に下賜したと言う「銅鏡百枚」などは、これに比定すべきとされる「三角縁神獣鏡」で既に400枚以上が出土しており諸説紛々のところ、同笵鏡説を含め科学的分析も進んでいるように仄聞する(決め手は聞かれない)。個人的には当該金印の“偽造説”に与するものではないが、1931年の国宝指定の意義(経緯)を含め考古学資料として現状の解釈のままで良いかは疑問である。ちなみにこれまで教科書にも載った「足利尊氏像」や「源頼朝像」等の真偽について、昨今見直されているのは周知の通りで、他方十数年前に考古学界(旧石器時代)を揺るがせた一件(主要因は発掘地層の特質にのみもっぱら依存していたこととも言われる)を忘れてはならないだろう。以上、個人的に思うところもあるが、専門家ではないもっぱら趣味の収集家に依る実証的かつユニークな一冊と思う。なお余談ながら、129ページ以下で織田信長の有名な「天下布武」の印判を取り上げているが、印影はいわゆる“双龍型”で安土期以降のものと観られる(天正5年が初見とされる)。このほか信長の「天下布武」印には“馬蹄型”、“楕円型”などがあり、最も有名なものが二重枠の“馬蹄型”ながら、本書では右“双龍型”(印影)のみである。
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ハンコの文化史: 古代ギリシャから現代日本まで (読みなおす日本史) 単行本 – 2015/5/25
新関 欽哉
(著)
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私たちの生活に欠かせないハンコ(印章)。世界のハンコ5000年史を辿り、形態や使われ方からハンコと人間の関わりを探る。
- 本の長さ192ページ
- 言語日本語
- 出版社吉川弘文館
- 発売日2015/5/25
- ISBN-104642065881
- ISBN-13978-4642065887
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登録情報
- 出版社 : 吉川弘文館 (2015/5/25)
- 発売日 : 2015/5/25
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 192ページ
- ISBN-10 : 4642065881
- ISBN-13 : 978-4642065887
- Amazon 売れ筋ランキング: - 365,772位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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2016年12月2日に日本でレビュー済み
ハンコに魅力に取り付かれた外務官僚が出した私費本を
内容追加で作り直して出版したもののようである
オリエントからヨーロッパに広がり
あるいは中国から日本へと伝わっていくにしたがって
その文化の中での位置づけは大きく変化していく
中国では印を彫る石にマニアックな関心が集まってしまうとかね
文化史とか美術史に収まらないのがハンコの法的な位置づけの話
それ自身が強力な権力を持って神器のようになる
また大量の行政文書が行き交うようになると
業務の合理化のためにもハンコの意味はより高まる
そこんところの視点は官僚ならではだよな
簡単に買える割りに強い力を持ってしまった日本のハンコ文化に対して
その意外すぎる明治の法律の成り立ちまで解き明かしてる
芸術とか法制度の面で盲点なってしまったハンコ文化に対して
警鐘を鳴らしている、というのも著者のハンコ愛のなせる技だろう
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それ自身が強力な権力を持って神器のようになる
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そこんところの視点は官僚ならではだよな
簡単に買える割りに強い力を持ってしまった日本のハンコ文化に対して
その意外すぎる明治の法律の成り立ちまで解き明かしてる
芸術とか法制度の面で盲点なってしまったハンコ文化に対して
警鐘を鳴らしている、というのも著者のハンコ愛のなせる技だろう