シャーロット・ブロンテといえば『ジェイン・エア』だが、作品としては、『ヴィレット』の方が面白い。
ジェイン・エアと同様に、女性の独白形式を取っている。ジェイン・エアがどちらかといえば優等生であるのに対し、本書の主人公、ルーシー・スノウは、かなり屈折し、ひねくれている。
若い女性が異国の地で、自力で生計を立てようとする苦労、宗教的な偏見、王子様への片思い、女同士の対立と絆、不安定で信頼できない語り手など、興味深いテーマが多い。
作者自身の留学と、教師への片思い体験をもとに書かれているが、話のエンタテインメント性は、バックグラウンドを抜け出している。
中でも、王子様ではない、短気で、変わり者だが、崇高な精神をも持つ外国人教師とのひねりのあるやり取りや、お互い相容れるところのない、ジネヴラ・ファンショーなる人物とのまるでかみ合っていない会話が楽しい。
変わり者同士の、反感→好意へと至る過程は、ロマンティックでないにしろ、純情である。
幻想文学的な一面もある。
ルーシー・スノウと、ポール・エマニュエルは、印象深い登場人物として、後々まで記憶に残るだろう。
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ヴィレット 上 (ブロンテ全集 5) 単行本 – 1995/6/1
- 本の長さ418ページ
- 言語日本語
- 出版社みすず書房
- 発売日1995/6/1
- ISBN-104622046253
- ISBN-13978-4622046257
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登録情報
- 出版社 : みすず書房 (1995/6/1)
- 発売日 : 1995/6/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 418ページ
- ISBN-10 : 4622046253
- ISBN-13 : 978-4622046257
- Amazon 売れ筋ランキング: - 793,746位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 146位英米文学の全集・選書
- - 7,922位英米文学研究
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2017年2月9日に日本でレビュー済み
ウーン、シャーロット・ブロンテ。なつかしいです。
55年前の中学生だった頃に読んだ『ジェイン・エア』は、同じころに読んだ森鴎外訳の『即興詩人』と並んで、生涯で最も感動した小説であり続けています。孤児院で育ち、孤児院の学校を卒業してそのままその学校の教師になったジェインは、ある日、二階の自室の窓から、地平線に連なる山並みを眺め、あの山の彼方には何があるのだろうかと思い、旅に出るのです。といって、あてどもなくさまよい出るわけではなく、家庭教師やりますという三行広告を新聞に出し、さいわい求人してきた貴族の館へ赴き、そこから、波乱万丈のゴシックロマンスが開幕するのです。ジェインの目に映った地平の山並みの光景は、読んで55年経った今でも、まざまざと思い浮かびます。
その、文庫版『ジェイン・エア』の訳者解説で、シャーロット・ブロンテの他の作品を知り、特に『ヴィレット』を読みたく思ったのですが、当時は手に入りませんでした。
そして50年後、近くの図書館で、ブロンテ全集を発見したのでした。
といっても、何かと忙しくて手に取るには至らなかったのですが、定年退職してようやく時間ができ、昨夏、まず、比較的短い『教授』を一読しました。主人公が若い男性に置き換えられていることを除けば、ブリュッセル留学体験ーー最初の1年は寄宿学校の生徒として、次の1年は英語教師として滞在した体験を元にしているということですが、なかなか面白かった。次に、ジェイン・エアの二倍はありそうな分量に恐れをなしていた『ヴィレット』に、いよいよ取り掛かりました。ちなみにヴィレットとは、ブリュッセルをモデルにした架空の街のことで、つまりこれも、ブリュッセル体験を、別の角度から、それも、より作者自身に近いであろう(と推察される)地味目なヒロインの目を通して描き出したものなのです。
実のところ、『ジェイン・エア』のようなゴシックロマンスを秘かに期待していたのですが、かなり複雑でしかもリアリズム的な手法が取られています。長いだけあって構成の難も目立ちます。たとえば最初の、イングランドの田舎町を舞台とした数章を読んだだけでは、あまりにポーリーヌという少女が目立ちすぎてヒロインは観察役に回ってしまい、てっきりポーリーヌが主人公なのかと思っていたし。そのイングランドで親しくしていた人々と、10年後に、英語教師となって住み込んでいるヴィレットで偶然再会しながら、お互いに長い間気づかなかったり。
けれども、そんな構成の難も、後半3分の1での新展開の迫力の前には吹き飛んでしまいます。最初はかなり意地悪く描かれていた同僚の中年教師との、最初は兄妹の関係として始まる、ロマンスというよりは最初はあまりにも精神的で、そのうち新設の寄宿学校の経営を任されるという、自立へのパートナーという絆への発展。そして最後の悲劇と、それを乗り越えて、自立した教育者経営者として一人で生きることの決意。「ジェイン・エア」と同様な孤児文学の系譜にありながらも、まったく趣を異にした、より写実的な全人格的な成長の物語なのでした。もっとも、そこここにゴシックロマンス的な趣向も凝らされていて読んでいてあきないし、19世紀中葉のイギリスの知的女性であるヒロインの(つまりは作者の)、フランス人への対抗意識やベルギー人への差別意識(?)もかいま見られて、興味は尽きないところがありました。
もっとも、市民文学として、同時代のバルザックや20年後のドストエフスキーの名作群に匹敵するかといえば、首をかしげざるを得ません。やはりシャーロット・ブロンテといえば、私にとっては、地平に連なる山並みの彼方に何があるのだろうかとヒロインの思いを馳せる場面が、55年の歳月が経った今でもまざまざと甦る、『ジェイン・エア』がすべてのようです。
55年前の中学生だった頃に読んだ『ジェイン・エア』は、同じころに読んだ森鴎外訳の『即興詩人』と並んで、生涯で最も感動した小説であり続けています。孤児院で育ち、孤児院の学校を卒業してそのままその学校の教師になったジェインは、ある日、二階の自室の窓から、地平線に連なる山並みを眺め、あの山の彼方には何があるのだろうかと思い、旅に出るのです。といって、あてどもなくさまよい出るわけではなく、家庭教師やりますという三行広告を新聞に出し、さいわい求人してきた貴族の館へ赴き、そこから、波乱万丈のゴシックロマンスが開幕するのです。ジェインの目に映った地平の山並みの光景は、読んで55年経った今でも、まざまざと思い浮かびます。
その、文庫版『ジェイン・エア』の訳者解説で、シャーロット・ブロンテの他の作品を知り、特に『ヴィレット』を読みたく思ったのですが、当時は手に入りませんでした。
そして50年後、近くの図書館で、ブロンテ全集を発見したのでした。
といっても、何かと忙しくて手に取るには至らなかったのですが、定年退職してようやく時間ができ、昨夏、まず、比較的短い『教授』を一読しました。主人公が若い男性に置き換えられていることを除けば、ブリュッセル留学体験ーー最初の1年は寄宿学校の生徒として、次の1年は英語教師として滞在した体験を元にしているということですが、なかなか面白かった。次に、ジェイン・エアの二倍はありそうな分量に恐れをなしていた『ヴィレット』に、いよいよ取り掛かりました。ちなみにヴィレットとは、ブリュッセルをモデルにした架空の街のことで、つまりこれも、ブリュッセル体験を、別の角度から、それも、より作者自身に近いであろう(と推察される)地味目なヒロインの目を通して描き出したものなのです。
実のところ、『ジェイン・エア』のようなゴシックロマンスを秘かに期待していたのですが、かなり複雑でしかもリアリズム的な手法が取られています。長いだけあって構成の難も目立ちます。たとえば最初の、イングランドの田舎町を舞台とした数章を読んだだけでは、あまりにポーリーヌという少女が目立ちすぎてヒロインは観察役に回ってしまい、てっきりポーリーヌが主人公なのかと思っていたし。そのイングランドで親しくしていた人々と、10年後に、英語教師となって住み込んでいるヴィレットで偶然再会しながら、お互いに長い間気づかなかったり。
けれども、そんな構成の難も、後半3分の1での新展開の迫力の前には吹き飛んでしまいます。最初はかなり意地悪く描かれていた同僚の中年教師との、最初は兄妹の関係として始まる、ロマンスというよりは最初はあまりにも精神的で、そのうち新設の寄宿学校の経営を任されるという、自立へのパートナーという絆への発展。そして最後の悲劇と、それを乗り越えて、自立した教育者経営者として一人で生きることの決意。「ジェイン・エア」と同様な孤児文学の系譜にありながらも、まったく趣を異にした、より写実的な全人格的な成長の物語なのでした。もっとも、そこここにゴシックロマンス的な趣向も凝らされていて読んでいてあきないし、19世紀中葉のイギリスの知的女性であるヒロインの(つまりは作者の)、フランス人への対抗意識やベルギー人への差別意識(?)もかいま見られて、興味は尽きないところがありました。
もっとも、市民文学として、同時代のバルザックや20年後のドストエフスキーの名作群に匹敵するかといえば、首をかしげざるを得ません。やはりシャーロット・ブロンテといえば、私にとっては、地平に連なる山並みの彼方に何があるのだろうかとヒロインの思いを馳せる場面が、55年の歳月が経った今でもまざまざと甦る、『ジェイン・エア』がすべてのようです。