著者は1965年生れ、同志社大学神学部教授で、良心学研究センター長でもある。本書は、代表的な一神教（キリスト教、ユダヤ教、イスラーム）の本質を簡潔にまとめ、現代世界で深刻化するばかりの宗教間・国家間紛争の根幹にある寛容・不寛容の起源に切り込んだものである。宗教間の「不寛容」は、宗教が国家と結びつくことでナショナリズムとして過激化しうることを説いている。
著者は、梅原猛著『「森の思想」が人類を救う－二十一世紀における日本文明の役割』（小学館、1991年刊）に代表される、風土論に基づく多神教礼賛・一神教批判の言説が日本には多いことを指摘している。一神教の本質に踏み込まないこのような多神教礼賛の言説は、現代世界で生きる上で不可欠な、排他的でない価値観を養う上で決して望ましいことではない。そこで本書では、一神教の本質を理解することで、不寛容の拡大を防ぐヒントを考察している。
本書によれば、ユダヤ教、キリスト教、イスラームのうち最も起源が古いユダヤ教は、多神教世界の中で紀元前5世紀頃に誕生したとされる。当時の多神教世界は宗教と国家が一体化した「神権政治」であった。一方、一神教は「個人と神」との直接の関係を重視する点に特徴がある。膨大な歴史を経たこれらの一神教は地球人口の過半数を占めるに至っている。ユダヤ教、キリスト教、イスラームは大枠では兄弟宗教でありヘブライズムとヘレニズムという共通基盤を持っているが、細部では相違もある。本書では、一神教の創造論、終末論、偶像崇拝禁止に関する相違点について紹介している。最後の偶像崇拝禁止に関連して著者は、目に見える偶像以上に、「見えざる偶像崇拝」（資本主義やナショナリズム）こそが現代の最大の問題であると指摘している。
一神教と戦争との関係については、絶対平和主義、正戦論（必要悪としての戦争を認める）、聖戦論（戦争は神によって命じられた善悪闘争）の三つに大別される。キリスト教における聖戦論は、同時多発テロ事件への報復としてのアメリカの戦争の正当化に用いられた。イスラームの中には、本来は異教徒に対する防衛戦であったジハードを、無差別攻撃をも許容する聖戦と同一視する立場もあるが、そのような立場はイスラームの中では少数派だという。
著者によれば、聖書における素朴な自己犠牲の精神が教会や国家に利用され、「犠牲のシステム」を組み込んだナショナリズムに転化したという。また国家は、「われら」対「かれら」の対立構造を差別意識や「憎しみの文化」として固定化することで、ホロコーストや民族間・国家間紛争や戦争の起爆剤としてきたのである。
翻って考えれば、多神教においても民族間・国家間紛争は絶えない。ミャンマーやスリランカにおける仏教・イスラーム間の紛争や、戦前における国家神道を戴いた日本の侵略戦争を考えれば十分だろう。「仏教や神道は多神教だから寛容である」とは決して言えないのである。一神教・多神教を問わず、国家が「われら」対「かれら」の対立構造に宗教を利用すれば、差別や憎しみ、紛争や戦争の起爆剤になりうることを忘れてはならない。
著者は本書の最後で、「憎しみの文化」（常に差別意識を生み出そうとするナショナリズム）が宗教の違いを利用するのであり、その逆ではないことを強調している。「寛容の文化」は他者（相手が一神教であれ、多神教であれ）の文化を知り、学ぶことから初めて生まれるとしている。確かに「宗教間・民族間の対立」という最大の難問を抱える現代にとって、「寛容の文化」を育むための最初の一歩と言える。「宗教の違いが国家・民族間の紛争を生み出すのではなく、国家が宗教をナショナリズムに利用するのである」ことを肝に銘じたい。
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