筆者は、規制緩和あるいは金融ビッグバンの議論の高まりとともに、声高に主張されるようになった「自己責任」の欺瞞を論じようとしている。「自己責任」という言葉は不思議なことに、医療、年金の問題に象徴されるように、弱者に負担を求める場合に使われるようである。
筆者が「自己責任」について論じるに際し、「無責任の体系」、「日本における『公』の重層性」、「抑圧の委譲」といった概念を持ち出しているのは、「自己責任」の欺瞞を解明しようという意図に基づくものであろう。しかしながら、やや議論が拡散し、「自己責任」そのものについての議論が不足しているのが残念である。筆者は最後に記している。「私たちに必要なことは、規制緩和を主張する人々の背後に何があるのか、どのような利害関係があるのか、政治的駆け引きがあるのか、ということを冷静に見極める姿勢だと思います。」正にそのことを真正面から論じて欲しかったと思う。
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自己責任とは何か (講談社現代新書 1403) 新書 – 1998/5/1
桜井 哲夫
(著)
国を挙げての無責任システム、横行する自己責任論。日本社会の病根を根源から問い直す。
丸山真男の「無責任の体系」──丸山は、東京裁判の被告たち(戦争犯罪人容疑)の発言を分析するなかで、「既成事実への屈服」と「権限への逃避」という2つの要素を見いだすのです。まず、「既成事実への屈服」です。すでに始まってしまったのだから仕方がない。個人的には反対だったが、なりゆきで始まってしまった以上従うほかない。こうした発言を分析して、丸山は、「現実」が作り出されるものだというより、「作り出されてしまったこと」、あるいは「どこからか起こってきたもの」とみなされていることに注意をうながします。現実的に行動するということは、過去に縛りつけられて行動するということであり、過去から流れてきた盲目的な力によって流されてしまうものとなる。(中略)次に「権限への逃避」です。「法規上の権限はありません」「法規上困難でした」という発言のなかに、職務権限に従って行動する「専門官僚」になりすませる官僚精神の存在が指摘されます。──本書より
丸山真男の「無責任の体系」──丸山は、東京裁判の被告たち(戦争犯罪人容疑)の発言を分析するなかで、「既成事実への屈服」と「権限への逃避」という2つの要素を見いだすのです。まず、「既成事実への屈服」です。すでに始まってしまったのだから仕方がない。個人的には反対だったが、なりゆきで始まってしまった以上従うほかない。こうした発言を分析して、丸山は、「現実」が作り出されるものだというより、「作り出されてしまったこと」、あるいは「どこからか起こってきたもの」とみなされていることに注意をうながします。現実的に行動するということは、過去に縛りつけられて行動するということであり、過去から流れてきた盲目的な力によって流されてしまうものとなる。(中略)次に「権限への逃避」です。「法規上の権限はありません」「法規上困難でした」という発言のなかに、職務権限に従って行動する「専門官僚」になりすませる官僚精神の存在が指摘されます。──本書より
- 本の長さ214ページ
- 言語日本語
- 出版社講談社
- 発売日1998/5/1
- ISBN-104061494031
- ISBN-13978-4061494039
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商品の説明
著者について
1949年生まれ。東京外語大学卒業。東京大学大学院社会科学研究科博士課程修了。現在、東京経済大学コミュニケーション学部教授。近・現代社会史、現代社会論専攻。著書に『ことばを失った若者たち』「手塚治虫』『可能性としての「戦後」』「社会主義の終焉』――講談社、『不良少年』――筑摩書房――など。
登録情報
- 出版社 : 講談社 (1998/5/1)
- 発売日 : 1998/5/1
- 言語 : 日本語
- 新書 : 214ページ
- ISBN-10 : 4061494031
- ISBN-13 : 978-4061494039
- Amazon 売れ筋ランキング: - 521,532位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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著者について
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2004年1月25日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2004年8月16日に日本でレビュー済み
自己責任という言葉が降ってわいたように出てきた頃に買いました。
恋愛の自己責任とは?という章では恋愛に対する
筆者の考えが炙り出されていて興味深かったです。
自己責任とはなにも関係ないところが印象に残る,不思議な本でした。
恋愛の自己責任とは?という章では恋愛に対する
筆者の考えが炙り出されていて興味深かったです。
自己責任とはなにも関係ないところが印象に残る,不思議な本でした。
2002年7月9日に日本でレビュー済み
タイトルに「自己責任」なんて書いてあるが、自己責任という言葉が出てくるのは1章だけだった(一応最後の「結びにかえて」でも1回出てくる)。しかも、結局「自己責任とは何か」については一度も語っていない。要するにこの本では自己責任について何ら論じていないのである。
2章から7章までも、やたらと著名人の文章を引用するばかり(しかも勝手に要約してしまう)。議論も大雑把。著者の専門は、近・現代社会史、現代社会論というが、これが文系の曖昧な議論というものなのか。
2章から7章までも、やたらと著名人の文章を引用するばかり(しかも勝手に要約してしまう)。議論も大雑把。著者の専門は、近・現代社会史、現代社会論というが、これが文系の曖昧な議論というものなのか。
2004年9月1日に日本でレビュー済み
「自己責任と何か」という書名は期待をもたせるが、内容には一貫性がないといわざるを得ない。「公と私」「日本は特殊な国なのか」や「無責任の体系」など、単体ではそれなりにおもしろい内容が書かれているのだが、それが結局「自己責任」にどう結びついているのかがほとんど書かれていない。
おそらく「自己責任」の周辺を考える材料を提供することを心がけ、筆者のなかでは一貫性を持った流れがあるのだろうが、読者からすればいったいなにを言いたいのかということころだ。最後の「結びにかえて」を読めば本書の広がり具合が読み取れるだろう。
おそらく「自己責任」の周辺を考える材料を提供することを心がけ、筆者のなかでは一貫性を持った流れがあるのだろうが、読者からすればいったいなにを言いたいのかということころだ。最後の「結びにかえて」を読めば本書の広がり具合が読み取れるだろう。
2003年1月1日に日本でレビュー済み
確かに
漢字の中国語での解釈にそんなにページを割くか?という感もありますが
どっかで聞いたことのある話?という感もありますが
ウォルフレン批判や集団行動における責任のあり方に関する言及は
読んで損はないと思います。
漢字の中国語での解釈にそんなにページを割くか?という感もありますが
どっかで聞いたことのある話?という感もありますが
ウォルフレン批判や集団行動における責任のあり方に関する言及は
読んで損はないと思います。