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小林多喜二: 21世紀にどう読むか (岩波新書 新赤版 1169) 新書 – 2009/1/20

4.3 5つ星のうち4.3 24個の評価

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登録情報

  • 出版社 ‏ : ‎ 岩波書店 (2009/1/20)
  • 発売日 ‏ : ‎ 2009/1/20
  • 言語 ‏ : ‎ 日本語
  • 新書 ‏ : ‎ 263ページ
  • ISBN-10 ‏ : ‎ 4004311691
  • ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4004311690
  • カスタマーレビュー:
    4.3 5つ星のうち4.3 24個の評価

著者について

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ノーマ・フィールド
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上位レビュー、対象国: 日本

2014年3月16日に日本でレビュー済み
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very good!!!!!!!!!!!!!!!!!!very good!!!!!!!!!!!!!!!!!!very good!!!!!!!!!!!!!!!!!!very good!!!!!!!!!!!!!!!!!!very good!!!!!!!!!!!!!!!!!!
2013年9月2日に日本でレビュー済み
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左傾する前の小林多喜二は伊藤整の「雪明りの道」のような詩を書いている人であったことはあまり知られていません。彼は、ゴッホにおけるクリスチーヌのように、自分の下宿に不幸な生い立ちの娼婦を保護していました。「蟹工船」ばかりでなしに、そうした彼の人間性を知って、この文学者の全体像が理解されるべきです。ノーマ・フィールドさんの優れた目により、多喜二が甦った名著。
12人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2009年1月31日に日本でレビュー済み
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プロローグとエピローグの美文は多喜二と彼を思う人たちの心(著者を含め)がしっかり伝わる名文。そして、その間に挟まれたページは美しいだけではなく、多喜二を今どう読むか、を真摯に問いかける良書。

本書は多喜二の生涯を追い、それに伴なう問題意識の変化を彼の作品とともに紹介しています。しかし、複眼的視点を常に持ち続けた多喜二に関する本らしく、その構成も複合的で、無産労働者の暮らしが「如何に惨め」であるかを紹介し、「如何にして惨めなのか」の社会構造を暴き、「何をなすべきか」を問うた多喜二の声をよみがえらせつつ(152)も、読者は自分が、著者によってこれらの質問を浴びせられていることに気づくのです。

その時々で、私達も二者択一の選択を迫られます。それは、いみじくも著者がプロローグで臆すことなく告白した「手放したくない中産階級的生活」と「何をなすべきか」との問いかもしれません。

多喜二も、政治と芸術、資本主義と文学、労働者階級とその中の性差、運動と恋愛(家族)と言った、二項対立的(二律背反ではないにしても)なものの狭間で苦悩します。そして著者が指摘するように多喜二は「醜いものも美しいものも、どちらも否定せず、また美しいものによって醜いものを正当化せず、ひたすら全体を現実としてとらえようとする。全体を知ろうとすることと、全体を愛することが重なったとき、個別的な、たやすく切り捨てられる敵は視野から退いていく」(24)方法を文学的にとろうともがくのです。これは、私たちにとって、大きな示唆を与えるのではないでしょうか?

多喜二の人生は国家権力による惨殺という劇的な結果故、Either/Orの様相を帯びてしまいましたが、「人間的感受力の鈍磨」(245-246)に、常に「如何に」「如何にして」「何をなすべきか」と問うことで「あなたのように本気で生き」(252)ることができるのではないか、と著者は答えてくれているように思うのです。
26人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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2018年5月18日に日本でレビュー済み
著者は「党生活者」への批判をこう要約して示す:笠原というひとり[傍点] の女性の描写が、多喜二自身[傍点] の女性に対する意識の現われで、その意識は日本共産党の女性観を反映している。笠原の扱いは「目的のために手段を選ばない」党の真の姿をあらわにし、それをいかなる場合にも「政治の優位性」を主張するものだ。したがって党員であった多喜二の文学は「政治主義」に陥って、文学として正当性を欠く。[紹介終わり] (P228)

これに対して著者はこう「念のために」指摘する。
[引用] 「私」が実在した小林多喜二ではなく「笠原」も「伊藤ヨシ」も伊藤ふじ子ではないなら、ここで描かれている「党」も戦前の非合法日本共産党そのものではない。(P237)要するに「党生活者」はドキュメンタリーでなくフィクションであるという至極真っ当な指摘である。しかし直後に「だからといって、その党と無関係であるわけでもない」と著者が認めるとおり、発表当時「党」が「戦前の非合法日本共産党」以外のなにものと受け取った存在は確認されていないし、現在でも希有であろう。著者の主張は「非合法日本共産党」そのものではないというに過ぎない。コミンテルンの支配下にあった「戦前の非合法日本共産党」が政治的に誤っていたことは戦後日本共産党も認めている。

しかし真の論点は「政治の優位性」の原則に立つプロパガンダ文学が全否定されるべきかという点である。「政治の優位性」の故に不屈の精神でツアーリ・ロシアと戦った人民の意志派のソフィア・ペロフスカヤたちを「戦前の非合法日本共産党」と同一視できる筈も無い。
1人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2020年6月15日に日本でレビュー済み
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 小説や文学の目的は何なのでしょうか。小林多喜二の「蟹工船」を初めて読んだ頃の著者は、「『小説とは人の心の襞』を描くのが本領、というイデオロギーに浸っていた」(p.254)そうです。

 ところが、著者はやがて「文学の自立とは文学が文学だけを目的とする、ということらしいが、それは近代のイデオロギーである」(p.154)という認識へと変わっていきます。

 「人類は長らく今日いう『芸術』を通して思想(宗教的、社会的、政治的価値)の表現と普及・教育を図ってきた。さらに見逃せないのは、近代文学の核をなしてきた個人の内面描写は、青春の苦悩、そして感傷という癒し、さらには行動回避を正当化する曖昧を美的価値として担ぎ上げることによって大いに社会的役割を果たしてきたことである」(同)。

 文学以外の目的や役割を持たない、持ってしまわなかった文学など存在しない。名声、金もうけ、自己満足、美的満足、カタルシス、希望、高揚、民衆の統治・・・文学は多くを担ってきました。プロレタリア文学だけが目的を持つことを非難されるのはなぜでしょうか。むろん、文学になっていないものに「プロレタリア」という冠をつけて「文学」ということにしてしまうことも、はんたいに、立派な文学なのにプロレタリアゆえに「文学」ではないと非難することも許されません。

 民衆の団結を目的にして書かれたからといって、「蟹工船」の文学性が低いわけではありません。著者は多喜二に語り掛けます。「あなたが確信していたのは、芸術の世界、想像と想像の世界は便利な逃げ場であると同時に、世界に立ち向かう力を養う空間でもありうる、ということです」(p.10)。

 「便利な逃げ場」という表現はどうかと思いますが、ノーマは、多喜二の書いたものが「文学」であり、同時に「プロレタリア」でもあると認めているのです。

 「小林多喜二は貧乏人にとって金持ちになることが必ずしも解決策ではないことを示唆していた・・・『貧困の反対は富ではなく、正義である』とは解放の神学者レオナルド・ボフのことばである・・・解放の神学の思想は多喜二とその運動の精神と見事に響き合う」(p.56)。

 プロレタリア文学が文学なら、解放の神学は神学ということになります。
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2009年3月2日に日本でレビュー済み
学生時代、小林多喜二の『党生活者』が好きでした。
例の女性の描き方がどうなんだ、という問題作なのですが、
私は女性の一人としてもあまり嫌な感じがしなかった。
何かに賭けて生きるということと、個人的な思いというものが、
時に矛盾したりぶつかったりすることはあるだろうと思っていたので。
そして、そのはざまで作者はけして無神経ではないと思えたので。

本書は、多喜二の人生を丁寧にたどって、多くの人たちの証言を網羅して、
等身大の多喜二の息吹に触れることができる良書だと思います。
何より、生前の多喜二に出会った多くの人たちが、
彼を愛し胸に抱いて生きてきたことに感動しました。
そして、筆者が外国人であるにも関わらず、
国家権力に殺されたこの作家をこんなにも愛してくださっていることが嬉しかった。
私の思っていたとおり、青年・小林多喜二は愛すべき男であったのだ、
と確認することができました。
そして「政治」と「文学」の問題にひるまず立ち向かっていった若者でした。

『蟹工船』ばかりが妙にはやっていますが、あれは「群像」を描こうとした
実験的な作品なので、それ以外の作品もぜひ読んでもらいたいと思います。

最後に、いつの時代も「権力」は人々の「団結」を憎みます。
「団結」ほど弱者の武器になるものはないからです。
多喜二の時代も、現代とは別な形で一人一人がバラバラにされていた時代でした。
その人々を繋ぐために、多喜二は命がけで努力したのだと私は考えます。
現代では、「団結」のために「職を賭する」場合はあるでしょうが、
殺される危険はずっと少なくなっています。
そして、自分を弾圧する警官の中にも「人間」を見出そうとする
(つまり警官とまで「繋がろう」とする)多喜二だからこそ、
殺されるほど憎まれてしまったのでしょう。
自分と相反する立場の人にも、小説の中で温かい眼差しをそそぐ多喜二は、
現代の私たちにもたくさんのことを教えてくれるのではないでしょうか。

明日からまた生きていこう…と思わせてくれる一冊でした。
14人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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2009年5月22日に日本でレビュー済み
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小樽にゆかりのある多喜二の評伝、しかも外国の方が書かれた本ということで、期待感を持って読みました。しかし、どうも観点に少しフィルタがかかっているように感じられ、もう少し客観的に、かつ背景にもっと小樽の街の情景・人情などを絡めて、叙述していただきたかったと思います。
4人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2012年12月10日に日本でレビュー済み
棄てられた作家、小林多喜二をノーマ・フィールドさんがとりあげた。切っ掛けは祖母が愛していた小樽と関わりのある作家だったからのようである。

彼女の多喜二との出会いは、あまりよくなかった。英訳で読んだ『蟹工船』を「暗くて無用な小説、と退けた」と言う。そのうちに多喜二のタキ(田口瀧子)宛の手紙を読み、「・・・自分の認識がとんでもなく偏った、狭いものではないか、という疑いの種が蒔かれた」と書いている(以上「あとがき」)。本書を読むと人間多喜二が、ときおり、読者の眼のまえにいるような気をおこさせる。小奇麗ということからはおよそかけ離れ、髪の毛はボサボサ、陽に焼けた小男で秋田訛りのガアガア声(立野信之の印象)、演説でもはじめのうちは、あのう、あのう、という間投詞がはさまってくちごもっているが、次第に調子が出てくると北海道訛りが出てきて、そのうち聴取を惹きつけていく(武田麟太郎)といった様子が描かれている(pp.194-195)。これらの描写は実像に近いであろう。

小樽高商時代の実像、拓銀に入ってからの銀行マンとしての多喜二についても(実直で真面目、仕事は能率よくこなしていた)、資料をもとにその人柄が浮き彫りにされている。新しい手紙がみつかったり(多喜二は筆まめだったが、手紙をもらった友人、知人は官憲に眼をつけられることを恐れて、焼却してしまったという話も紹介されている)、拓銀が倒産したおりに出てきた資料から、多喜二は「依願退職」ではなく、「依願解職」であることがわかったり、1928年3月15日の逮捕、投獄から約2年後に保釈され、神奈川県の七沢温泉で作品を書いていた場所が2000年3月に判明した、など新しい事実が盛り込まれていることも本書の魅力である。

そのような著者独特の語りを基調に、『蟹工船』『東倶知安旅行』『防雪林』『一九二八年三月十五日』などの名作が読み解かれ、政治と文学、政治と男女の愛といった普遍的なテーマも論じられている。志賀直哉、川端康成、伊藤整との関わり、また当時の中央の雑誌『新潮』『改造』『中央公論』『週刊朝日』『読売新聞』などの商業誌が多喜二に執筆の場所、機会を与えたり、比較的好意的な論評をしていたことには驚かされた。

多喜二は特高によって虐殺されたが、彼を愛した人は過去にも現在にもたくさんいることがよくわかった。「いまどき、プロレタリア文学など時代錯誤」という風潮を一掃する出来栄えである。
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