内容
21世紀の現在,生命現象の理解と医学の進展は著しい。その進展をさらに加速させ,確かなものとするために,物理学がそうであるように,生物学も数学との協働を必要としている。生命動態の基盤を理解するために,生命科学者は様々な仮説を立て実験で検証しているが,その過程は数学の証明に近い。また,医療で使われる検査法,検査機器の動作原理はいずれも厳密な数学が基盤になっている。さらには,数学は生命科学研究のツールとなるだけではなく,生命現象に動機づけられた新しい数学も生まれている。生物学と協働した数理科学研究については,これまで理論生物学や生物物理学の立場,また関連分野であるバイオインフォマティクス,システム生物学の立場から教科書や参考書が出版されているが,本書は最新の研究に基づいて,解析学と医学との直接の協働と融合を紹介したユニークなものである。内容は3つに分かれている。最初に,現代数学が新しい医療診断法の基礎を与えた例として位相幾何学,積分方程式論,逆源探索理論を取り上げる。次に,数理モデリングが遺伝子解析,蛍光イメージングに続く第3の手法を細胞生物学研究に提供しつつあることを,ボトムアップとトップダウンの両面から述べる。前者の方法では,ミクロな立場から生物学実験を検証することによって,時空での細胞分子動態が数理的手法によって予測することができること,後者では,マクロな立場から生物学実験を俯瞰することで,個別に展開されてきた生物学研究が統合されることをそれぞれ紹介する。最後に,生物学研究に動機づけられた数学研究の例として,粒子運動の平均化による数理モデルの導出法と熱力学的構造に由来する新しい数学解析法について述べる。