シモーヌ・ヴェイユ選集〈3〉後期論集:霊性・文明論

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  • サイズ A5判/ページ数 273,/高さ 22cm
  • 商品コード 9784622076629
  • NDC分類 135.5
  • Cコード C1310

出版社内容情報

「神の愛と不幸」はじめ最晩年を前に1941-42年に書かれた論考13篇に、時々の思索と言葉を集めた「断章と覚書」を収録。完結

最晩年を前にした1941-1942に書かれた論考13篇に、時々の思索と言葉をあつめた「断章と覚書」を収める。全三巻完結.[第?T巻 初期論集――哲学修業 1925-1931/第?U巻 中期論集――労働・革命 1931-19361/第?V巻 後期論集――霊性・文明論 1941-1942

内容説明

偽りの自由と安寧のうちに精神を眠り込ませたまま死んでゆく知的な人間よりも、狭い独房にいるがごとき人間にこそ、真理へと至る可能性を見、耐えがたい屈辱、不幸への同意にこそ、神へと向かう新しい霊性を見たヴェイユ。占領下のパリを逃れ、マルセイユ、カサブランカを経てニューヨークへ。そして、亡命政権“自由フランス”に参加すべく、ロンドンへ―最晩年の漂泊の日々に綴られた14篇に断章と覚書を付す。選集全三巻の完結。

目次

文学・哲学・価値をめぐる論考(一九四一年)(価値の観念をめぐる省察(試論の草案)
哲学(時評)
文学の責任について―『南方手帖』への手紙
読みの観念をめぐる試論(記事)
道徳と文学(記事))
オック語文明圏をめぐる論考(一九四〇年‐四二年)(一叙事詩にみる文明の苦悶;オック語文明の霊感はどこにあるか)
労働の霊性・宗教・文明をめぐる論考(一九四二年)(隷属的ならざる労働の第一条件(記事)
神の愛と不幸(試論)
神の愛をめぐる雑感(試論)
神の愛をめぐる雑考(試論))
最後の論考(一九四二年‐四三年)(人格と聖なるもの;われわれは正義のために戦っているのか;この戦争は宗教戦争である;断章と覚書(抜粋))

著者等紹介

ヴェイユ,シモーヌ[ヴェイユ,シモーヌ] [Weil,Simone]
1909‐1943。フランスの思想家。パリのユダヤ系中流家庭に生まれる。アンリ四世校でアランに師事し、パリ高等師範学校を卒業後、哲学教師として各地のリセで教鞭を執る。1934‐35年、未熟練女工として工場で働き、労働者の不幸を体験。1936年、義勇軍兵士としてスペイン内戦に参加する。1940年、ナチスのパリ占拠後マルセイユに移住し、古代ギリシア思想、キリスト教、カタリ派、道教、インドやエジプトの諸宗教、世界各地の民間伝承について思索した。1942年5月、両親とともに兄アンドレの待つニューヨークに亡命。11月、単身ロンドンに赴き、自由フランス軍の対独レジスタンス運動に加わる。1943年、ロンドン郊外のサナトリウムで死去

冨原眞弓[トミハラマユミ]
1954年生。パリ・ソルボンヌ大学大学院修了。哲学博士。聖心女子大学哲学科教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

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3
選集Ⅲを読み終える。個人的には最後の選集は味わい深いものがある。オック語文明圏をめぐる論考、最後の論考内の人格と聖なるものが印象深い。すべての人間には聖なるものがある。それは人格(ペルソナ)ではない。人間の人格でもない。聖なるものとは、端的にその人、その人間である。聖なるものは、(人格などではなく)むしろ人間存在における「非人格的」なものである。人間における非人格的なものはことごとく聖なるものであり、ひるがえって、これのみが聖なるものである。2021/11/17

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