昭和の作曲家たち―太平洋戦争と音楽

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昭和の作曲家たち―太平洋戦争と音楽

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  • サイズ A5判/ページ数 566p/高さ 22cm
  • 商品コード 9784622044277
  • NDC分類 762.1
  • Cコード C3073

出版社内容情報

「若い戦後派の作曲家たちにとって戦前の作曲界の遺産は自分たちの無力のものとして感じられたのは事実であった。かれらの新しい出発にあってそれは当然なことであった…だが、ある時代の挫折はまた後の時代に繰り返される。同じ矛盾をいつまでもひきずっているということにも気づかない。そんな過ちを自分の内部にもひそませていることになりはしないか。ぼくは、あらためて日本の作曲界の半世紀の歩みをいま確かめ直してみようと考える」。

現代からは断ち切られたように見える戦前の作曲家たちが、どのような状況にあって、どのように考え、作曲してきたのか。

菅原明朗、諸井三郎、中原中也、内海誓一郎、石川義一、伊藤昇、原太郎、守田正義、露木次男、吉田隆子、清瀬保二、松平頼則、山根銀二、宮沢縦一、一條重美、永井荷風、早坂文雄…、楽団スルヤ、プロレタリア音楽運動、新興作曲家聯盟…、多くの個人、グループ、そして幅広く史資料を渉猟し、ひとつひとつの作品にあたり直し、作曲家たちの行動を明らかにして行く。

西欧の新しい技法を身につけることを求められ、一方では自分たちの日本の音楽を模索する作曲家たちの前に、立ちはだかった大政翼賛体制が突きつけてきたものは何だったのか。

音楽家たちの戦争責任を問いつつ、日本の現代音楽の歴史を問い直す意欲作。


秋山邦晴(あきやま・くにはる)
1929年東京都に生まれる。1952年早稲田大学仏文科中退。在学中、東京日比谷にあったCIE(アメリカ情報教育局)でレコード・コンサート・シリーズを構成・解説。アメリカ音楽、メシアン等ヨーロッパ現代音楽を紹介。1951年1月、音楽雑誌「レコード音楽」編集長。同年8月、武満徹、鈴木博義、園田高弘、山口勝弘、北代省三、福島秀子、駒井哲朗、大辻清司ら11名と瀧口修造の命名による「実験工房」を結成。第1回発表会・ピカソ展前夜祭のシナリオを担当。1952年10月ごろから本格的な評論活動を展開。以後一貫して実験的な創造活動を支持してきた。1953年東京交響楽団機関誌「シンフォニー」編集長となる。1958年NHK音楽作品〈ことばと音楽による3つの形象〉第2曲〈黒い絵画〉(作曲武満徹)の詩を担当、イタリア放送協会グランプリ受賞。1956-58年、ブリジストンホールでシリーズ「作曲家の個展」を企画構成。1962年一柳慧、高橋悠治、小林健次ら13名と創造的な演奏家集団「ニューディレクション」を結成、内外のアヴァンギャルド作品を紹介。1963年フォード財団の招きで渡米。1964年「フルクサス」カーネギー・ホール・コンサートを指揮。1969年代々木国立競技場で「クロストーク・インターメディア」開催。1970年万博開会式のために〈鐘の音楽〉作曲。1975-77年「エリック・サティ連続演奏会」。1981年多摩美術大学教授。1986年『エリック・サティ・ピアノ全集』(校訂高橋アキ、全音楽譜)。1995年「オマージュ・トゥ・ジョン・ケージ」一柳慧、高橋アキと出演。1996年「再現・1950年代の冒険 実験工房コンサート/映像と音楽」企画構成。1996年8月死去。著書に『現代音楽をどう聴くか』(晶文社、1973)『日本の映画音楽史Ⅰ』(田畑書店、1974)『日本の作曲家たち 戦後から真の戦後的な未来へ 上・下』(音楽之友社、1978、1979)『エリック・サティ覚え書』(青土社、1990、第1回吉田秀和賞)、訳書『卵のように軽やかに サティによるサティ』(筑摩書房、1992)他。

林淑姫(りん・しゅくき)編
早稲田大学文学部卒。日本近代音楽研究。日本近代音学館主任司書。 

内容説明

最新の西欧技法を身につけつつ自分たち日本の歌を書くこと。近代日本の作曲家たちに求められた命題は重い。そして大政翼賛の時代、彼らはどう生きたのか。現代史を音楽から見つめる意欲作。

目次

1 楽団スルヤの夢
2 日本の未来派音楽
3 プロレタリア音楽運動
4 新興作曲家聯盟のころ―結成から解散まで
5 戦争下の「過去」と「現在」
6 菅原明朗・オペラ“葛飾情話”
7 「日本的なるもの」の虚構

著者等紹介

秋山邦晴[アキヤマクニハル]
1929年東京都に生まれる。1952年早稲田大学仏文科中退。在学中、東京日比谷にあったCIE(アメリカ情報教育局)でレコード・コンサート・シリーズを構成・解説。アメリカ音楽、メシアン等ヨーロッパ現代音楽を紹介。1951年1月、音楽雑誌「レコード音楽」編集長。同年8月、武満徹ら11名と滝口修造の命名による「実験工房」を結成。第1回発表会・ピカソ展前夜祭のシナリオを担当。1953年東京交響楽団機関誌「シンフォニー」編集長となる。1958年NHK音楽作品“ことばと音楽による3つの形象”第2曲“黒い絵画”(作曲武満徹)の詩を担当、イタリア放送協会グランプリ受賞。1962年一柳慧、高橋悠治、小林健次ら13名と創造的な演奏家集団「ニューディレクション」を結成、内外のアヴァンギャルド作品を紹介。1970年万博開会式のために〈鐘の音楽〉作曲。1981年多摩美術大学教授。1986年『エリック・サティ・ピアノ全集』。1995年「オマージュ・トゥ・ジョン・ケージ」一柳慧、高橋アキと出演。1996年「再現・1950年代の冒険実験工房コンサート/映像と音楽」企画構成。1996年8月死去

林淑姫[リンシュクキ]
早稲田大学文学部卒。日本近代音楽研究。日本近代音楽館主任司書
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

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