内容説明
本書は、音楽として読まれる。ここには、楽劇のどれかひとつにこそあるような“最も美しい箇所”が包含されている。『さまよえるオランダ人』の承認の場面におけるごとき弦楽器のモチーフの哀愁を帯びた美しさは、彼の絶望を物語る雄弁と、また、再三そこから立ち上がりはする弱気の挫折との中で、大規模なオーケストラに再会するのだ。このまことにスケールの大きい芸術家の人生に奇怪な無気味さがある限り、『わが生涯』の行間に扇動的な自己駆け引きさえまたたいている限り、ヴァーグナーの自伝は、自己具現のための観念に忠実な闘争の記録であり、“ドラマ”としては、彼の作品中最小のものである。