内容説明
海外留学から帰って大学の教師になった健三は、長い時間をかけて完成する目的で一大著作に取りかかっている。その彼の前に、十五、六年前に縁が切れたはずの養父島田が現われ、金をせびる。養父ばかりか、姉や兄、事業に失敗した妻お住の父までが、健三にまつわりつき、金銭問題で悩ませる。その上、夫婦はお互いを理解できずに暮している毎日。近代知識人の苦悩を描く漱石の自伝的小説。
著者等紹介
夏目漱石[ナツメソウセキ]
1867‐1916。1867(慶応3)年、江戸牛込馬場下(現在の新宿区喜久井町)に生れる。帝国大学英文科卒。松山中学、五高等で英語を教え、英国に留学した。留学中は極度の神経症に悩まされたという。帰国後、一高、東大で教鞭をとる。1905(明治38)年、『吾輩は猫である』を発表し大評判となる。翌年には『坊っちゃん』『草枕』など次々と話題作を発表。’07年、東大を辞し、新聞社に入社して創作に専念。『三四郎』『それから』『行人』『こころ』等、日本文学史に輝く数々の傑作を著した。最後の大作『明暗』執筆中に胃潰瘍が悪化し永眠。享年50(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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ヴェネツィア
480
漱石の自伝的な要素の強い小説とされているようだが、だとすれば何故この時期に(後は『明暗』しかないので、ほとんど最晩年に近い時期)このような作品を書いたのだろうか。作品に描かれた時期からすれば、これから作家として本格的に出発しようとするあたりである。それにしては全体を覆うトーンはきわめて暗い。小説の結末もまた「世の中に片付くなんてものは殆どありゃしない。一遍起ったことは何時までも続くのさ」と、諦念の吐露で終わっている。小説作法は徹底したリアリズムのそれであり、妻も島田も、そして健三さえも突き放して客観化⇒2020/10/05
のっち♬
140
留学を経て大学教師になった健三は養父をはじめ姉、兄、義父、養母に纏わりつかれて金銭問題で悩む。雨合羽も月賦払いの薄給に次々せびられては夫婦の神経症や不和にも祟る。著者は身内の手前勝手に人生のあらゆる因果のルーツを見る。作家転身にも影響しただろう。この自伝的小説に通底するのはリアルな家族関係の元に自らの短所を究明せんとする厳しい姿勢だ。養母への疎い同情、妻との不経済な口論、姉との共通性等には一切の甘えを許さない痛烈で冷静な自己分析が見られる。プライドと理屈で情の脆さを不器用に隠す密着度は歴代でも屈指の次元。2023/04/17
mukimi
134
死の前年、胃潰瘍に苦しみながらの唯一の自伝的小説。心から笑うことも人を信じることもなく、曇天の中をくすんだ着物を着て眉をひそめて俯いて歩く様な低空飛行の灰色の世界観が続く中で、突然産気ついた妻を前に大慌てして孤軍奮闘する主人公に「坊ちゃん」や「吾輩は猫である」に通じるユーモアと血の通った人間らしさを感じた。そしてそのシーンを経てから主人公の頑固さ皮肉っぽさにも愛嬌を感じられ、偉大な名作を多数遺した文豪も金銭や人間関係など些末な事象に煩わされる日常を送っていたことに親近感が湧いた(私の漱石贔屓もあるかも)。2023/12/18
まさにい
134
自分の生まれてきたことに対する何がしかの使命を持って、この主人公は生きている。自分の使命に集中したいが、妻とのこと、親類の借金の申し込み。なかなか集中が出来ない。使命に生きることが本道なら、その他のことは道草ということなのか。この本の中には科学的という言葉や論理という言葉が出てくる。合理的でないことを排除する感性がこの時代の知識人の考え方の主流だったのだろう。しかし、合理的とは理に合っているという意味である。理の部分が『情』に基づくものならば、それに合った手段が合理的ということ。ここら辺りの匙加減難しい。2017/01/23
優希
131
自伝色が強かったです。留学から戻り、大学教員の傍ら、小説を書いている健三。彼の前に縁が切れたはずの養父を始め、様々な家族がまとわりつき金銭問題で悩ませます。「家」が大事だった時代、血縁関係などは今より濃厚だったからこそ、自分の家庭の生計が立てられれば良いというわけではなかったのでしょう。憎しみと情の間で揺れ動く苦悩に理解者がいないのが辛いところでした。幼い頃の環境が優柔不断の価値観に繋がり、金を無心されても断れなかったのだと思います。生き辛い世の中だったのですね。2015/10/10