内容説明
「知る」ことが、観念・表象を「作る」ことと一体化している近代知の地平は、いまや乗り越えられつつある。排除と同一化を図る「作る精神」を退け、世界の在る意味を問う、新たな「考える」形を追求する。
目次
第1部 作る精神の確立と展開(作る精神の確立;作る精神の展開)
第2部 作る精神との格闘―現代思想(離脱の試み―ハイデガー;歴史への懐疑と根源史の構想―ベンヤミン;異者へのまなざし―アドルノ;作る精神からの脱出;受容的理性に向けて)
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
うえ
9
「ベクトルを異にした改革の二類型が、ソ連と中国で実際に実験されてきた。中国における政治改革の挫折と民主化の弾圧は、明日のソ連の姿を予示していないとは限らない。なぜか…どちらの国にも、時代遅れのドグマと空虚なイデオロギーにしがみつく「左翼保守主義者」がなおたくさんいるし、彼らはおおむね既存の組織形態から多大の恩恵と利益と特権を享受しているからである。経済と政治の両面で、民主主義的改革の試みが挫折するという暗い展望が、不幸にして現実になるのだとすれば、もはやどうころんでも現存社会主義の回復の可能性はなくなる」2020/04/05
左手爆弾
2
最初の書き出しで冷戦構造について言及されているので「もう古い本かな」と思っていたら、そんなことはない。「作る」というテーマで西洋思想史を語る。西洋の近代が「作る」を構築してきたものに対して、ポストモダンは脱構築、作らないことを語ろうとする。これはいいと思う。ただ、大して構築していない日本人が脱構築とかいうのは、注意すべきでないか。2014/04/22
takashi1982
2
同じ講談社現代新書から出ている『ヨーロッパ近代の終焉』がいわば歴史学的な見地から「近代」という時代を定義づけているのに対して、アルチュセール研究に代表される現代思想の泰斗・今村仁司による思想・精神史からの「近代」「ポストモダン」について定義づけた著作だと言える。近代の特徴を今村は「作る」精神(作為とか労働なんかはみんなこの考えに包含される)と定義づける。ヘーゲルやベンヤミンはこの「作る」精神をハッキリと認識し、そこから離れようとした先駆者たちであった。(続く)2011/08/30
sk
1
哲学の本だけど多分に批評的で面白かった。2015/07/06